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カンフル剤は、効果がない?今は使われない薬剤

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夏目漱石修善寺の大患

夏目漱石は、言わずとしれた日本の近代文学の礎を築いた人間の1人です。

漱石は、神経症による胃潰瘍を度々患ったとされますが、『思い出す事など』という著書では、胃潰瘍による吐血で生死を彷徨った際の状況や心情を綴っています。

いわゆる修善寺の大患(しゅぜんじのたいかん)です。

 

胃腸の調子が悪かった漱石が、修善寺で医者に診てもらったのちに、急に大量の吐血をし、妻が医者を呼び戻して治療を施したのちに、2人の医師が会話する下の描写があります

”カンフル、カンフルと云う杉本さんの声が聞えた。杉本さんは余の右の手頸をしかと握っていた。カンフルは非常によく利くね、注射し切らない内から、もう反響があると杉本さんがまた森成さんに云った。”

 この直前に、意識が朦朧として死にかけている漱石に対して、カンフル注射なるものを立て続けに打って小康状態になったことが書かれています。

”医師は追っかけ追っかけ注射を試みたそうである。後から森成さんにその数を聞いたら、十六筒とうまでは覚えていますと答えた。”

と、16本以上のカンフル注射を打っていた様子。どんだけ打つのよ。

 

しかし、カンフルという単語は、医学部の授業や臨床では全く耳にしません。今回はこの「カンフル注射」と何か?について解説し、そこから現役医師として薬の危うさについてお話します。

傾いた会社経営のカンフル剤とする!


慣用句でも、物事を起こす大きなきっかけになることを「カンフル剤となる」なんて言いますが、まさしく同じものを指しています。

カンフルとは「樟脳(しょうのう)」のことで、クスノキの葉や枝を原料としています。
一般的には天然の防虫剤として知られており、「カンフルオイル」「カンフルパウダー」と呼ばれるものです。

樟脳は強心作用や、末梢血管抵抗を上げる作用があるとされており、いわゆる心臓衰弱状態に対する「強心薬」として使用されていました。現在はアドレナリンやジギタリス製剤などに取って代わられていますが、昔は「カンフル注射液」「ビタカンファー」などという商品名で瀕死のときにはよく使用されていたようです。

なので、漱石の著書にある「カンフル」とは、強心薬である「カンフル注射液」であったと考えられます。

もともと瀕死である患者に対して使われることが多かったため、その後状態を盛り返すのを見た人たちが「カンフル剤はすごい薬だ!」と触れ回り、慣用句的なものもその時期に生まれたのだと思います。

 

樟脳には強心作用なんてなかった

しかし、実際には樟脳の強心作用については疑問視されており、イギリスの論文でも否定されています。後に創薬されたビタカンファーについても、有効性が乏しいとされ昭和30年代にはほとんど使われなくなったとの記録が残っています。

漱石が出血性胃潰瘍の記録を残した『思ひ出すことなど』を随筆したのは1910年頃で、その時期は瀕死状態に対するカンフル投与の全盛期だったと言えます。

こんな毒にも薬にもならない代物を、医師や専門家を含めた国民が「蘇生させる特効薬」とあがめていたわけです。

 

「医学が進歩してなかったから、仕方ない」
「今は新薬に倫理委員会も通してるし、そんな事あるわけない」
「薬の情報だってネットで調べれば簡単に出てくる」

 

読んでいるあなたがそう思っているとしたら、大きな間違いです。

常に疑いの目線で物事を見る

いつの時代も、「よく調べたら効果のない薬」はあります。

発売されたあとから問題が出てきて、何事もなかったかのように消えていく薬は今でもたくさんあります。


あの新型コロナウイルスに対するアビガンやレムシデビル。
他国の臨床試験で症例数は積んでいるものの、誰も、COVID-19に本当に効くかどうかは分かっていない点では、現在進行系の「壮大な人体実験」です。

 

自分自身はコロナの治療には関わっていないので、上記は自身が感染しない限り静観する形です。しかし、現在他の病気に対して治療薬として確立している薬も、完璧なものとするのではなく、常に懐疑的な目線で論文を読んだり、実践していくことが肝要と考えています。