血管を評価する生理検査を解説【ABI・PWV】
目に見えない血管を評価する
心血管疾患の主病因である動脈硬化には、プラークと血管機能不全の2つのアプローチがある。
血管機能不全を評価する血管機能検査には、血管内皮機能検査、脈波伝播速度(PWV)、心臓足首血管指数(CAVI)、中心血圧、増大係数(AI)、足関節上腕血圧比(ABI)などがあり、普及はしているが、測定方法、結果の解釈、臨床的意義、臨床応用などについて、一定の見解が示されていない。
血管機能検査法が心血管疾患の管理におけるバイオマーカーになるには、①血管機能不全の進展程度がわかる、②心血管疾患の発病リスクないし予後の推定ができる、③介入による効果が評価できる、④結果が改善すれば予後の改善につながる、などの評価ができる必要がある。
また、こういった検査法が広く臨床応用されるためには、①非侵襲的で簡便に計測でき、②低コストで普遍化が可能であり、③精度および再現性が高く、④計測法が標準化されている、といった「安全・安価・正確」な検査法である必要がある。
そこで、当院で行われているPWV、ABIの検査の解釈と、実臨床への使い方を”血管機能の非侵襲的評価法に関するガイドライン2013”を参照して解説する。
① PWV
心臓からの血液駆出により生じる動脈の脈動が末梢へと伝播する波(=脈波)が伝わる速度がPWV(pulse wave velocity:脈波伝播速度)である。PWVは、脈動を2か所で検出した脈波の立ち上がり時間差と測定部位間距離から算出される指標であり、動脈スティフネスを反映すると考えられている。
当院ではbaPWV(branchial-ankle PWV)を採用している。baPWVでは上腕および足首で記録した動脈波の立ち上がりの時間差(Tba)を脈波伝播時間とし、「中心から足首までの動脈長」から「中心から上腕までの動脈長」を引いた長さをbaPWV用の動脈長とみなしている。その値は被測定者の身長から推定される。
PWVは動脈壁の厚さに比例し、動脈内径および血液粘度に反比例する。血液粘度は影響が大きくなく、PWVの大小は動脈壁の硬さ、厚さによるところが大きい。
※影響を受ける因子:加齢、心拍数(高心拍者ほどPWV↑)、交感神経系、液性因子(アンジオテンシンⅡ、カテコラミン)、血管内皮細胞由来の血管拡張物質(NO、プロスタグランジン)
※正確な評価がしにくい疾患:心房細動、脊柱管・腹部大動脈の湾曲(大動脈長の過小評価→PWV↓)、腸骨動脈狭窄、PAD(末梢動脈疾患)
【PWV測定を考慮する症例】
高血圧、糖尿病、透析症例およびステージ3~5のCKD、左室収縮能低下を合併しない冠動脈疾患症例ではPWV測定が有用である可能性が高い。baPWVは症状やその他の検査にて冠動脈造影検査実施が決定している症例についても冠動脈疾患の存在や、病変重症度の推測に有用である可能性がある。
しかし、PAD(peripheral arterial disease:末梢動脈疾患)症例では脈波波形解析精度の問題からbaPWVの測定は推奨できない。
【基準値】
基準値の目安として1800cm/secが妥当
高齢者では特に障害がなくても高値になる。
【評価】
閉塞性病変より末梢側では波形が平坦化し、基線から上の波形面積平均値を脈波振幅で除した%MAP([%mean artery pressure];正常値 45%未満)は高値になる。また、脈波の立ち上がりからピークに達するまでの時間(upstroke time:UT、正常値:180msec未満)が延長する。
UTは大動脈弁狭窄症、心拍数などの影響を受ける。
【疾患、病態との関連】
・baPWVを上昇させる心血管疾患危険因子として、加齢、高血圧、糖尿病、脈拍数が報告されている。高血圧や糖尿病では、臓器障害の程度とも良好な関連を示す。また、冠動脈狭窄合併の有無とbaPWVが関連する。
その他の関連
・性差(閉経前の女性↓)、メタボリック症候群↑、慢性腎臓病↑、睡眠時無呼吸症候群↑、SASに対する持続陽圧呼吸療法↓、
※コレステロールや中性脂肪の上昇との関連は認められない。しかし、スタチン系薬剤がbaPWVを低下させる報告あり。
【疾患のリスク予測】
・baPWVの上昇は、高血圧の発症や腎機能障害進展の予測因子となる。血圧140/90mmHg 未満の症例が3年間に高血圧に進展する予測cut-off値としてbaPWV=1400cm/secとしている。
・また、baPWVはフラミンガムリスクスコアに相関し、baPWV 1400cm/secは、フラミンガムリスクスコアの中等度リスク(10年間の冠動脈疾患発症が9%)に相当するとの報告がある。
※フラミンガムリスクスコア=10年間の冠動脈疾患発症による死亡のリスク予測。米国で提唱されたスコアのため、日本人には過大評価となることがある。
・baPWVが20%上昇すると、脳心血管疾患の相対リスクは1.3倍になる。
・ギリシャのメタ解析ではbaPWVが100cm/sec上昇するごとに、心血管疾患の発症が12%増加する。
・一方、糖尿病や透析患者に対しては有効な予後予測能がない(正確な評価ができないことがあるため)
【治療方針】
・降圧薬治療に伴いcfPWV(carotid-femoral PWV)が改善する報告が多い。特にレニン・アンジオテンシン系阻害薬やCa拮抗薬、血管拡張性β遮断薬の効果が大きいとされる。
・baPWVは、減量、禁煙、降圧薬、スタチン系薬剤、経口糖尿病薬、閉塞性睡眠時無呼吸では持続陽圧呼吸療法で改善することが報告されている。
・しかし、治療介入によるbaPWVの低下と、予後が相関することを示したデータは少ない
↓
・161人の冠動脈疾患患者を追跡調査したところ、治療介入でbaPWVが低下しなかった群は、低下した群に比べて心血管疾患の発症と死亡リスクが約4倍高かった。
・高血圧の既往がなくても、baPWVが 1,400cm/secを超える症例に関しては、減塩などの生活指導が望まれる。
【フォローアップ】
一般住民では年次健診に合わせて年1回のフォローアップを推奨する意見があるが、適切な測定間隔を推奨する根拠はない。
② ABI,TBI
ABIはankle brachial indexの略語として用いられ、上腕動脈の血圧に対する足関節レベルの血圧の割合を意味する。主に末梢動脈疾患(peripheral arterial disease:PAD)の診断目的に使用される。
末梢からの圧脈波の反射により足関節レベルの収縮期血圧は上腕動脈の収縮期血圧より10~15mmHg高い値を示すため、健常人のABIは1.00を超える。
ABIは、足関節より中枢の主幹動脈の狭窄または閉塞性病変の存在と側副血行路による代償の程度を示しており、ABIが0.90以下の場合、下肢動脈に50%以上の有意な狭窄を示す感度は90%で特異度は95%とされる。特にPADが疑われる症例においては、ABIの感度80~95%、特異度95~100%とされ、ABIに基づく下肢PAD診断精度は確立されている。
一方、下肢虚血症状が高度であるにも関わらずABIが1.40以上の高値を示す症例もみられる。糖尿病や透析患者は下肢動脈の石灰化が非常に高度なため、カフで圧迫しきれない場合があり、300mmHg以上の血圧として測定されることがある。その場合はTBI(toe brachial index:足趾上腕血圧比)を用いて評価する。足趾動脈は抵抗がより強いため、TBIは0.7以上が正常値となる。
【再現性】
ABIの計測のみで臨床的に有意な差とするには0.15以上の変動が必要。ABI以外のパラメータと合わせて臨床的に有意とする場合には0.10以上の変動が必要とされる。
【評価】
・ABI0.9以下:血流障害、狭窄(PADの診断)
・ABI1.4以上:動脈壁の石灰化を疑う(TBI、速度波形、SPPなどの評価)
・0.91~1.00:境界域
・1.01~1.40:正常
+間欠性跛行:運動負荷ABI測定
【疾患、病態との関連】
・喫煙者の跛行症例を禁煙群と喫煙継続群に分けたところ、ABIは禁煙群で0.11上昇し、喫煙継続群では0.04低下した。
・高血圧以外の合併症をもたない群では、ABI0.9以下は7.3%、ボーダーラインの0.91~1.00は23.7%に認められた。
【ABI測定を考慮する症例】
ACCF/AHAガイドライン2011では、ABI測定の対象は間欠性跛行などの労作時の下肢症状のある症例、下肢の難治性潰瘍症例、65歳以上の高齢者、50歳以上の糖尿病症例もしくは喫煙者としている。
当ガイドラインでは、心血管疾患の既往を有する症例、間欠性跛行などの労作時の下肢症状のある症例、下肢の難治性潰瘍症例、65歳以上の高齢者、脳心血管リスク層別化で高リスクの高血圧症例、冠動脈疾患症例、50歳以上の糖尿病症例もしくは喫煙者においてABI測定が推奨される。
また、透析症例およびCKDステージ3~5の症例においてもABI測定が推奨される。
異常値を示す場合は半年に1回のフォローを推奨する。
ABI1.40以上の症例については、そのほとんどが糖尿病もしくは維持透析症例で、下腿動脈の高度石灰化を伴う症例。そのためTBIなどそれ以外の指標を参考にする必要がある。
ABIの有意な低下は、前述のように0.15以上の低下を意味し、血行動態的には50%狭窄の発生を意味する
(PADについて補足)
【リスク因子】喫煙、高血圧、高コレステロール血症、2型糖尿病
※1つ増えるごとに、相対リスク2倍
【治療】まず危険因子を減らす。喫煙などの生活習慣を改善し、高脂血症や糖尿病、高血圧を正常化する治療を行う。運動療法により改善がみられない場合には、シロスタゾールなどの抗血小板薬による薬物療法や、中枢側の病変であれば血管内治療を含めた外科的な血行再建も考える。
PADの臨床症状の約70~80%は間歇性跛行であるため、PADの治療は間歇性跛行の治療となる。
PADによる間歇性跛行の治療には運動療法が有用である。TASCⅡにおいてもまず運動療法を行うことが推奨されている。監視下において、トレッドミルかトラック歩行を使用し、30~60分を1クールとして歩行と休憩を繰り返す。これを1週3回で3ヵ月行うことが望ましい
医師の選んだ、受けたくない検査とは?大腸カメラは辛いけど大事!
病院で受けるべき検査とは?
病院に来ると、主訴や身体所見に応じて様々な検査を受けさせられる。また、健診や人間ドックも受ける内容は違えど、素人には本当に必要なのか判断し難いものです。
そんな中、”NEWSポストセブン”で「医師200人に聞いた、受けたくない検査アンケート」という記事が載ったので、コメントしたいと思います。
この記事では、受けたい検査、受けたくない検査をランキング形式で紹介しています。
■受けたくない・受ける必要のない検査
1位:腫瘍マーカー検査
1位:胃バリウム検査
3位:大腸内視鏡検査
4位:PET検査
4位:CT検査
■受けたい・受ける必要のある検査
1位:血液検査
2位:胃内視鏡検査
3位:大腸内視鏡検査
4位:上部消化管内視鏡検査
5位:PET検査
(原文まま)
腫瘍マーカーは癌を疑う人に測ってこそ価値がある
腫瘍マーカーが堂々の1位ですが、以前から健診などで測ることに疑問を呈されている項目です。
CEA, CA19-9, PSA, CYFRAなどがよく測定されますが、多くは信頼性に乏しく、癌が無いのに上昇するならまだしも、癌があっても上がるとは限らない、という「何の為に測っているのか」状態です。
ただ、前立腺がんのスクリーニングとして、PSAは感度・特異度ともに優れているため、男である私は40代になったら健診で測定しようかな、と思っています。
腫瘍マーカーは本来、癌の補助診断に用いるもので、他の検査で「癌があるかもしれない」という”検査前確率"が高い状態で行わないと、信頼性もガタ落ちです。そのため、健診やドックだけでなく、一般外来でも測るタイミングは熟考する必要があります。
最近の主流は胃カメラ>バリウム
他には、胃カメラやバリウム検査、大腸カメラなど、消化器内科系がどちらにもランクインしています。
これは消化器内科医として実感しますが
「胃カメラ、入るときオエッてしんどかった」と言う患者さんと同じくらい
「胃のバリウム検査、お腹が張って辛かった」と言われる方は多いように思います。
というのも胃バリウム検査は、割と飲みにくいバリウムをゴクゴク飲みながら、体を左右に傾けられたり、お腹を押さえられたりと、胃カメラより絶対に楽!と言えるほどのものではありません。
加えて、バリウム検査はレントゲンで食道や胃の凹凸を見ているだけなのに比べて、胃カメラはカメラで直接食道~胃~十二指腸を観察できるため、完全な上位互換の検査です。
(一部、胃や食道の通過性や、壁の硬さなどを評価するのにはバリウム検査に軍配が挙がります)
というわけで、よっぽど嫌な思い出がない人以外は、健診で胃カメラを選択されることをおすすめします。
以前は、覚醒した状態で太いスコープを口から入れていましたが、最近は鎮静剤を使ったり、経鼻内視鏡(鼻から入れる5ミリ程度の細いスコープ)で行ったりと、「できるだけ受ける人の負担が少ない検査」を目指す傾向にあるため、より患者目線な病院・診療所を探してみるのもアリです。
大腸内視鏡検査は受けたい/受けたくない両方にランクイン
大腸カメラに関しては今回記事を書こうと思った一番の項目です。
まず、お尻から13ミリという親指サイズのスコープを入れるという恐怖は、多くの人の未体験ゾーンでそもそも敷居が高そうです。
具体的な辛いポイントとしては、①1.5~2Lのあまり美味しくない下剤を飲まされるという苦行 ②腸の中でカメラがツッパった時の痛み です。
検査前は下剤を飲む+便を出し続けて、薄い黄色になるまで追加で下剤を飲まされたりするので、腸の動きが悪いとほんとに辛いです。高齢者には、ある程度のところで許容することもありますが、便が出ていないとカメラで見てもほとんど観察できず、それこそ意味のない検査になってしまうので、頑張って飲んでほしいところです。
記事内では、
「内視鏡検査は、熟練の専門医が行えば短時間のうちにスムーズに終わり、苦痛もほとんどありません。しかし、医師の腕によっては苦しんだり、時間がかかってしまったりすることもある。“ピンキリ”だということを医師たちが知っているからこその結果だと思います」
とジャーナリストの村上和巳さんが解説されていましたが、ここだけ弁明させてください。
確かに、大腸カメラは医師の技量によって痛みが強かったり、観察・処置に時間がかかることは往々にしてあります。これは胃カメラと比べて難しく、技量が必要な検査だからです。
しかし!しかしです。術者側のファクターだけでなく、検査を受ける側のファクターも少なからずあります。
検査前に、「挿入が難しい and/or 痛がるかもしれないな…」という特徴のある方を3つ挙げます。
・腹部の手術歴あり(腸の癒着で挿入が難しく、痛みを伴いやすい)
・肥満あり(腸が縦横無尽に動くため挿入が難しい)
・高齢(腸が伸びやすいため挿入が難しい)
・若年男性(痛みに対し敏感)
受ける側には予防しようのないリスクファクターですが…特に盲腸(虫垂炎)、帝王切開など、腹部の手術歴がある人は穿孔などの合併症リスクも高いため、術者側も、こういう人達こそ慎重に検査を行うように努めています。
PET-CTも、まだ見ぬ癌を探すための検査ではない
最後にPET-CTですが、これも受けるべき/受けないべき検査両方にランクインしています。
人間ドックを想定した場合、これは不要な検査と言うべきでしょう。腫瘍マーカーから繰り返しになりますが、PET-CTは本来「癌が存在する」とわかっている状態で、転移などの存在をするための補助診断に位置する検査です。
「この人の胃がんを治療したいけど、他に転移がないだろうか?」と、転移の有無で治療方針が変わってくる場合には、積極的に行っても良い検査だと考えます。
なので、健康な人にPET-CTを行うのは、偽陽性(癌ではないのに検査陽性と出る確率)を増やします。それによる患者の心理的な負担や、さらなる検査の身体的・経済的負担を考えると、メリット オンリーの検査ではありません。
(ちなみにPET-CTの偽陽性は、炎症などで広く生じます。肺炎、腸炎、慢性甲状腺炎、子宮筋腫、良性腫瘍 等…)
まとめ
さすが医師にアンケートを取っただけあって、内視鏡検査の重要性について説得力のある記事で良かったです。
健診やドックであれば、あくまで”スクリーニング”としての検査を優先させるべきで、腫瘍マーカーやPET-CTという検査は適切でない、という考えです。
セルフメディケーションという言葉もありますが、日々の健康状態をチェックするためにも、健康診断に1年に1回は行っておくことをおすすめします。万が一その病院に搬送された時には、そのデータが役に立ちますしね。
血液ガス分析を3秒で読む方法~”酸素化”編~
※この記事は、「医療従事者向け」に「血液ガスの簡単な読み方を提案する」記事です
救急外来をやっていたら、何かと見る機会の多い血液ガス分析。
「息が苦しい」「お腹が痛い」「意識レベル低下」…重症度が高そうな患者が来ると、CBCや生化学と一緒に血液ガスを頻繁に測ります。
また、人工呼吸器管理中は比較的密な管理が必要になるので、ICUなどでは動脈ライン(Aライン)を確保して1日数回測定することも。
そんな血液ガス分析ですが、慣れないうちは
「pHが7.35でPaO2が60、PaCO2が55、ええと…BEは-2.0、うーん…」
と、出てくる検査項目をザッと目は通すものの、結局PaO2、PaCO2くらいしか評価できていないことがあります。
そんな医師・看護師がこの記事を見ることで、以下のことができるようになることを目指します
・血液ガスを見て、患者の状態を3秒で判断する
血液ガスで見るべきはたった2つ。
1つ目は「酸素化」、2つ目は「換気」です。
そして、見るべき項目は
PaO2, pH, PaCO2, HCO3の4つのみです。
これから2つの記事に分けて、酸素化、換気の評価の仕方について解説します。
今回の記事では「酸素化」についてお話しします。
「酸素化」の評価の仕方
酸素化とは、呼吸によって、どれだけ酸素が血中に取り込まれているか、というもの。
「指にモニターつけて、SpO2を見ればいいじゃない」という意見、ごもっともです。
酸素なしで状態安定している患者には、酸素化に限って言えば血液ガスが必要とされない状況は多々あります。
しかし、高濃度酸素を投与していたり、人工呼吸器管理中となると、PaO2の重要度はSpO2と全く異なってきます。
その理由が、下の酸素解離曲線と、「P/F比」の評価です。
これは、横のPaO2が60 mmHgの時は、縦のSpO2は90%という対応グラフです。このグラフを見たことがない人がまず覚えておくべきは
PaO2ーSpO2
60 ー 90
50 ー 85
40 ー 75
の3つで、SpO2が9,8,7と下がってきたら、PaO2も6,5,4と下がっていく、と暗記しましょう。
その上で、それだけでは「結局、SpO2だけで酸素化のヤバさは評価できるじゃないか」というツッコミが入ります。
しかし、問題はSpO2が98%を超えるときにあります。
上のグラフは正確には誤りで、SpO2 が98~100%のときには、PaO2は100mmHgではなく、100~400mmHgくらいの範囲で変動します。PaO2の変動は、酸素化の評価にとても重要な要素です。
例えば、リザーバーマスク10Lの患者で、最初と2時間後に測った数値が以下のようになりました
SpO2 100%、PaO2 240 mmHg
→(2時間後) SpO2 100%、PaO2 120 mmHg
この場合、PaO2はいずれも100を超えているわけですが、はたしてこの経過は安心できるでしょうか?
「PaO2は100を超えているし、もちろんSPO2も良好だから、問題ない」
そう考えてしまうと、この後に起こりうる急変に対して後手に回ってしまうので要注意です。
この変化がどれだけヤバいのかを正しく評価するために、「P/F比」を用います。
P/F比とは、呼吸不全の程度を表す数値で、PaO2÷FiO2の頭文字を取っています。
正常ではP/F比≧400で、呼吸不全はP/F比<200が、一つの評価です
ちなみに急性呼吸促迫症候群(ARDS)においては
ARDSのP/F比≦200、急性肺障害(ALI)のP/F比≦300
と分類されます。
FiO2は、通常の空気では0.2、リザーバー10Lでは0.8など、酸素の吸入量やデバイス(鼻カニューレ、マスク等)によって数値が決まっていますので、いくつか暗記しておくと楽です。
低流量ではP/F比を評価する頻度は少ないので、マスク6Lなら0.5、リザーバー8Lなら0.8くらいは、覚えておくとよいかも。
健常人はroom air(FiO2 0.2)でPaO2 100 mmHgとしたら
P/F比=100/0.2=500になります
話を戻して、「リザーバー10Lの人で、PaO2が240から120へ下がるのはどの程度悪いことか?」という話でした。
リザーバー10LのFiO2=0.8とすると
P/F比 240÷0.8=300
→120÷0.8=150
と、P/F比は300から150へ変化しております。2時間の経過でARDSを基準を満たすような呼吸不全が進行しているので、挿管・人工呼吸を考慮しないといけない段階になっている、と考えられます。
重要なのは、ここまで酸素化が悪化しているにもかかわらず、SpO2は100%を維持している、ということです。SpO2が追えない変化を、P/F比つまりPaO2が追えるというアドバンテージを理解しましょう。
血液ガスを採る習慣のない医師や病院の体制だと、とりあえず高流量の酸素で見た目上の数値を良くして安心しがちですが、SpO2でしか評価しないと、急変の予兆を感じることができません。
そのため、酸素投与や人工呼吸器管理においては、SpO2を100%に維持しつづけることは推奨されません。できれば97%程度に留めておくことで、酸素化の悪化に早く気が付きやすい環境を作りましょう。
まとめ
酸素化を3秒で読む方法
①酸素吸入量からFiO2は事前に確認しておく
②PaO2をFiO2で割って、400以上になっているか、前回値から下がっていないか確認する
この2ステップで完了です。
計算したら3秒以上かかる?まあ、手順の話ですから・・・頑張りましょう!
次記事は「換気」の評価をしていきます。
なぜ医者はMRを嫌うのか
MRは薬のスペシャリスト?
医薬情報担当者(medical representative、MR)とは、医薬品の適正使用のため医療従事者を訪問することなどにより、医薬品の品質、有効性、安全性などに関する情報の提供、収集、伝達を主な業務として行う者のことを指す。(wikipedia)
上記wikiの説明文だけ見ると、MRは薬の情報収集に長けた「医薬品のスペシャリスト」です。しかし、一般的にMR=製薬会社の営業マン であり、自社の薬に関しての特徴やエビデンスについては詳しいものの、他社製品のことについては案外手薄だったり、「他を落として自分を上げる」やり口で営業してくるひどいMRもいたりします。
エビデンスの乏しい薬を、なんとか他より優れたものだとアピールしたいがために、下のような広告違反は毎年報告されます。
厚生労働省は17日、医療用医薬品に関するMRやMSLなどによる広告・宣伝活動について、2018年度に全国の医療機関からモニターとして抽出した施設から報告された違反事例を公表した。64の医薬品で適切性に関する疑義報告があり、違反が疑われる項目は74件で、前年度より7件増加。MRが口頭説明や印刷物を用い、エビデンスのない説明や信頼性の欠けるデータを提供するなど、依然として製薬企業による情報提供の信頼性を損ねる違反項目が増えている実態が明らかになった。
「あれっ?」と感じた説明でも、疑義報告なんてほとんどの医師はすることがないので、認知されてないものがほとんどだと思いますが。
MRはいい人が多い
個人的に、MRは基本的には「いい人」が多いと思っています。とはいえ、薬を売るために下からヨイショ×2してくるMRは本人の性格が全くわからず、どういうテンションで話したらいいのか困ります。
なお、業務の分野については「薬剤師」の領域と オーバーラップするため、医師よりもそちらの方がMRを厳しい目で見ている人が多いのです。
ある病院ではMRによる薬の説明会を医師・薬剤師と一部の看護師が同席して行いますが、薬剤師の質問は作用機序など薬理学的なところから攻めて、涙目になってるMRを数多く見てきました。
医師の中でもMRを嫌っている人はそれなりに居て
「あのMR、忙しい時に限って話しかけてきてホントに鬱陶しい」
「最近、全然病院に来てないよね。あの会社の薬、採用やめようか」
そんなMRへのディスりも聞こえてきます。
なぜMRは嫌われるのか
なぜMRを嫌う医師が多いのか、という問いの答えですが
→自分の商品を売るために、患者や医療従事者の迷惑を考えない人が多いから
ではないかと、自分なりに思っています。
あとは、年配の医師の中には製薬会社にあれこれ接待してもらった経験があるため、”薬を使うのだから、施しを受けるのは当然”と考える人も少なくありません。しかし、現在の厳しくなった規制の中ではMR側も過剰な接待ができなくなってしまったため、反感を持つ人がいるのではないでしょうか(とても自分勝手な話です)。
レジデントの時は、仲良くなった女性MRと何度か飲みに行ったりしましたが、やはりコンプラ的にNGらしいので未だに誰にも話していません。
個人的に、MRさんと喋る際は、製品の説明を1つ聞く代わりに、美味しいおすすめのご飯屋さんを1つ聞き出すことにしています。これに関しては、さすが営業マン、ハズレがないなあと関心します。そういう意味で、MRと話すのは嫌いではありません(製品のゴリ押しには辟易しますが)。
MRと仲良くして困ることはない
MRサイドのブログやSNSもよく見られます。MRは基本的に精神的なストレスとの戦いのようです。医者や薬剤師に気に入られるためにできる限り腰を低くし、待つ、待つ、走る…薬が採用されなければ昇給・昇進もナシ。特に外資系の製薬会社は、完全な成果至上主義…ある一定のラインで首を切られる、なんとも厳しい世界です
↑のMRさんは、MRの対人関係や、女性ならではの理不尽な扱い、外資系の辛さなどがよくわかる(?)ツイートをされているので、割と楽しく拝見しています。
お互いの仕事の大変さを理解した上で、win-winで良好な関係を築いていきたいと考えています。
気をつけて!自動車の便利な機能が、車上荒らしの的になりかねない
※この記事は、車上荒らしの思考を共有することで、各々に犯罪抑止の意識をもっていただく、という目的のもと公開しています。
一昔前と比較して、車上荒らしの件数は減少傾向にあります。
日本の様々な事象の統計を取っている政府のポータルサイトe-Statによると、平成30年の車上荒らしの認知件数は約45,000件でした。平成20年が20万件を超えていたことを考えると、実に10年間で4分の1になっていることがわかります。
その原因として、ブザーが鳴ったり自動開閉したりなど、車自体の防犯性能が向上したことや街中の防犯カメラが増えたことなどが挙げられます。
しかし、現在でも検挙率は25%程度で、4人に3人は車上荒らしの被害を受けながら、犯人を捕まえられない状況があるようです。
その理由について、かつての車上荒らしの常習犯が教えてくれました。
「最近は、車を無理矢理こじ開けて金品を盗ることは少ないんです。なぜなら、どの車に鍵がかかっていないか大体わかるようになってましたから」
えぇ~なんと衝撃的な告白・・・一目見ただけで、車に鍵が開いているかどうかがわかるようです。
しかし、理由を聞いてみると、何もこの人が特殊な能力を身に着けているわけではなく、私にもできるようなごく簡単な手口でした
「最近の車は、スマートキーで鍵をかけるとドアミラーが自動で閉まるものが増えています。どんな車種がドアミラーを自動で閉めるかわかっていれば、一瞬でその車が侵入可能かどうか判断できます。そのため、短時間で車を選別し、大型駐車場でも狙う車を絞ることができます。意外と鍵をかけ忘れる人って多いんですよ」
つまり車種によっては、「ドアミラーが開いていない=鍵がかかっていない」というのを公然と示してしまっているわけです。
こうした犯罪から守るために、一部の車では車両から離れることで自動でドアロックされるものもありますが、すべてではありません。
鍵のかけ忘れ、というのは誰にでも起こりうることです。
車の中、特に目に見える場所には貴重品を置かない、というのを習慣化しましょう。
『崖の上のポニョ』が、震災以来2回目の金曜ロードショーで放映されて改めて感じること
あの2013年の東日本大震災が起こった後から、津波の映像に関しては色々な配慮をされるようになりました。
震災の映像は極力使われなくなり、台風などで津波の放送をする場合は、
「これから津波の映像が流れます。ストレスを感じる方はご視聴をお控えください。」
そんなテロップが流れるようになりました。
しかし、2008年に公開され、2010年に金曜ロードショーに初登場した『崖の上のポニョ』は、ポニョの地上への登場シーンで津波が街を襲うシーンがあるにも関わらず、震災2年後の2015年にも放映され、そして今回、2019年にも再度公開されました。
これに関しては当時、
「津波で車や船が流される映像を見ていてつらい」
「あの波の中、海の近くを車で運転するなんて非常識だ」
「何mも水位が上がって、どれだけの人が死んだんだ」
など、一部で批判がみられました。
実際、津波で流されるのを目の当たりにした人は、PTSD※によって、震災の映像がフラッシュバックし、気分が悪くなる方もいるかもしれません。
※PTSD(Post Traumatic Stress Disorder;心的外傷後ストレス障害)・・・
2016年 早稲田大学の論文では、東日本大震災から2年後に福島県の仮設住宅で暮らす人々に対してアンケート式に行った研究で、PTSDの発症を疑うカットオフ値を上回った人が実に62%に見られました。被災した人達だけでなく、救助・復興に携わった人も合わせると、相当な数の心的ストレスを抱えた方がいたと思われます。
長期間・発作的に症状が現れるにも関わらず、なかなか他人に理解されない、難しい病気です。
しかしポニョを最後まで見てみると、あのワンシーンのみでこの映画自体を批判するのは、違うと思うんです。
『崖の上のポニョ』は、5歳の男の子宗介が見た景色を、そのまま反映したような柔らかい絵のタッチがとても良い雰囲気で好きです
その中であの津波のシーンは、ポニョの宗介に対する一途な想いを表現しているに過ぎず、決して自然の力に抗えず死んでいく人間を描きたいわけでも、非常識な行動を起こす人間を非難したいわけでもないんです。
この映画を見て「震災」をキーワードに批判するのは、科捜研の女で「殺人」をキーワードに批判するのと同じことだと思います。
補足:そもそもこの映画が面白いのか、と問われると…紅の豚の方が好みかな。しかしエンドロールで一人ひとりの名前のヨコに、かわいい絵が描かれてるのは個人的に好きです(´ε` )
性感染症の恐ろしい末路「フィッツ・ヒュー・カーティス症候群」
病気は、知っていないと疑えない
フィッツ・ヒュー・カーティス症候群、という疾患を聞いたことがあるでしょうか。
フィッツ・ヒュー・カーティス症候群(Fitz-Hugh-Curtis Syndrome、肝周囲炎)は、主にクラミジア感染症による合併症の一つで、"20~30代 女性の持続する右季肋部痛"では、必ず鑑別に挙げるべき病気です。
医学生の講義では産婦人科の教授が二言三言を語る程度で、実臨床でもほとんど遭遇することはない病気です。
しかし、性器クラミジアは近年増加の傾向にある性感染症であり「知っていないと疑えない」初期症状であることから、押さえておく必要があります
国立感染症研究所『若年者で増加してきている性器クラミジア感染症』
クラミジア感染は基本無症状だが、フィッツ・ヒュー・カーティス症候群は腹痛を生じる
性器クラミジアは、基本的に性交渉によって感染が成立します。
男性では尿道炎(排尿時の痛み)、女性ではおりものの増加などがみられますが、半数以上は無症状と言われており、感染が蔓延する原因となっています。
フィッツ・ヒュー・カーティス症候群は女性特有の合併症で、膣→子宮→卵管→腹腔内→肝周囲の腹膜へ感染・炎症が広がることで、強い腹痛を生じます。そのため、この症候群は肝周囲炎とも呼ばれます
しかし、腹痛自体が非特異的な症状で、よく分からないまま便秘、胃腸炎と診断されるのはザラです。
直接命を奪うことはないものの、病院に受診してもなかなか原因がわからない。
そのうち医者から「あの若いコ、psychogenicな症状※だからなぁ」と影でひどい言われ方をされる。
不妊の原因にもなるので、色々な意味で恐ろしい疾患です。
※”psychogenic(さいこじぇにっく)な症状”・・・うつ傾向や不安神経症の患者にみられる"だるい"、"胸がしんどい"などの不定愁訴を総称したローカルワード。しかし、医師が臨床能力の無さを棚に上げて患者の症状に"心因性"の烙印を押す時にも使われる、無責任なワード。
以前、『総合診療医 ドクターG』の「肩が痛い」という主訴の回で、最終的にこの診断が導き出されました。まさかの肝臓より上の横隔膜、脊髄まで炎症が波及するという流れ。
(クラミジアが上行性感染を起こすという病態を知っていても、初診の肩痛だけではさすがに疑いませんが・・・面白い回でした)
比較的高齢の女性が右季肋部痛~心窩部痛で受診した場合、その近くの臓器である胆嚢、胆管、膵臓、腸管、心臓、血管などの異常を鑑別に挙げますが、若い人であれば性感染症も上位に位置づけて、病歴を聞いていく必要がありそうです。
とはいえコミュ障の私は、若い綺麗な女性に性交渉や妊娠の有無を聴取するのが、未だに超下手くそです(私と同じ人は、看護師さんに事前に聴取してもらい、補足しながら聞いていきましょう)。
フィッツ・ヒュー・カーティス症候群の治療
治療はマクロライド系、またはニューキノロン系の抗生剤を1~2週間使用します。1週間後に再診し、症状の経過をみましょう
通常のクラミジア感染なら、もっと短期での治療で再診も要らないと思いますが、炎症が広がっているため若干長めに処方します。
処方例:
・クラビット(500mg) 1錠 1日1回 朝食後 7日間
・ジスロマック(250mg) 2錠 1日1回 朝食後 3日間